圧倒的なすがすがしさ

白い浄衣で腰に短刀と「死出紐」をつるし、笠の紐に一文銭が六つ。


死出の旅への用意ができています。


やめるなら自害するか、首をくくるかを選べといういでたち。


笠をかぶれるのは400日目から。


それまでは手に持って歩きます。


早朝2時の出発なので提灯も持ちますが、照明としてはあまり役立たないといいます。


そのうち足が道の凹凸まで覚えてしまいます。


飛ぶように歩いて「白鷺」とか「峰の天狗」とか呼ばれるようになります。


なんでそんなに歩くのか。


これはたぶん、愚問というものでしょう。


二人の大阿闇梨と別々に会う機会がありました。


どちらの場合も、阿闇梨さんが同席しているとき、席を外しているとき、何人かの修行僧が部屋に出入りしました。


彼らはまぎれもなく現代の若者ですが、廊下にひざまづき、頭は敷居につくほど。


ほんのちょっとしたシーンをかいま見ただけでひとつの答は出ました。


行者の本尊は不動明王。


平安に始まる回峰行者の拠点は無動寺谷の明王堂。


ここは師に無条件で服従する社会だといいます。


ふつうなら、これこそ疑問を感じたくなりますが、そんなものを超えたすがすがしさに圧倒されました。


この辺りは丹後 旅館からは少し遠いですが、足を伸ばしてみる価値はあります。

地球一周の千日回峰行

7年間で延べ1000日、約4万kmを歩きます。


その距離は地球一周とほぼ同じ。


しかも大半が山中の道。


ただ歩くだけでもありません。


・・・これが比叡山の千日回峰行です。


最初の3年は100日ずつ歩きます。


次の2年は200日。


ここまでは1日30km。


三塔をめぐり、山麓の坂本へも上下します。


700日で「自行」が終わり、阿闇梨の称号が与えられます。


ここで9日間の断食断水不眠不臥の「堂入り」。


6年目は100日、60km。


7年目は前半100日が京都までの洛中洛外大回で84km、後半100日は30kmに戻ります。


このあと1週間の断食断水で護摩木を焚き続ける10万枚護摩の行。


こうして満行を迎え、「生き仏」の大阿闇梨になります。


この半世紀でやっと2桁目の大阿闇梨誕生という事実が、天台三大地獄のひとつといわれる難行を証明します。


30kmコースでも約260の礼拝所があります。


途中で腰を下ろせるのは西塔と横川の間の玉体杉にある蓮台石だけ。


いったん行を始めると、中止もやり直しも許されません。


せっかくこの辺りを訪れるなら、丹後 旅館にも寄ってみてはいかがでしょうか?


延暦寺の迎春

大みそか12月31日の夜、根本中堂の前庭にユーモラスな鬼が出ます。


シマシマの衣装をまとい、法話に聞き入る参拝者を気持ちよさそうにおどしまくります。


これを僧が般若心経の威力で追い払うのです。


だれの心の中にもいる鬼を退治して新年を迎える鬼追い儀式。


続いて牛王印頂戴の式。


福笹についている人の顔形の紙を額に当て、僧に牛王印を押してもらいます。


さらに除夜の鐘つきにも参加できます。


僧の行事は1月3日まで内陣などで続きます。


おみやげを買うなら延暦寺会館がおすすめ。


寺の経営なので精進料理が売り物。


伝統を守り、新味も工夫しています。


盃慣的な鋏麩料理で5000円から。


ゆば、生麩などを主にしたものもあり、軽い弁当類も精進仕立て。


精進料理は予約が必要です。


丹後 旅館を訪れる人々にも人気がありますね。


東塔にあります。

無動寺谷の行者道

比叡山ならではの道といえば回峰行者が歩く行者道。


・・・といっても特別な道ばかりではありません。


観光客がたどる堂から堂への道も含まれています。


それでも山中の小道がやはり行者道のイメージに合いますね。


そこが東海自然歩道になっていたりします。


そのほんの一部が坂本ケーブル延暦寺駅から無動寺谷への道。


明王堂までなら下り一方でわずか700m。


根本中堂からでも約1.5km。


険しい坂も少しはありますが、大半は歩きやすいのです。


杉木立をくぐると片側が開けた明るい山腹道に出ます。


雑木の斜面を眺め、野鳥のさえずりを耳にしながら歩けます。


丹後 旅館を訪れる観光客にも人気があります。


時間によっては、その道に箒の目が残っているのを見つけてびっくり。


毎朝、ケーブル駅までの道を若い修行僧たちが掃き清めているといいます。


すがすがしい気分でらくに歩けるこの道は、歩くだけではない行者の行が少しは感じられる道でもあります。


往復しても約40分のこのコースは平日でも明王堂や弁天堂への参拝者、ハイカーなどがちらほら程度は通っていますが、もっと山中の行者道へ入る場合、女性などは複数での行動を心がけてほしいですね。

比叡山頂遊園!

さすが比叡山の遊園地だけに、どちらかというと自然教室的な見学施設が多く、展望や散策も楽しめます。


まず目につくのがガラス張りの回転展望閣。


20分で一周し、琵琶湖や京都市街から周囲の山々まで360度のパノラマシーンが見られます。


春から夏にかけては高山植物園も見逃せません。


せっかく丹後 旅館を訪れるなら、ついでにこの辺りを見てみるのもいいと思います。


比叡山自生の約60種と内外の高山植物が約400種。


岩場もある急斜面につくられた野外施設で、散策道をたどるとちょっとしたロックガーデンのおもむき。


世界のしゃくなげ園も国内有数という目玉施設。


5月から6月にかけて欧米、ヒマラヤ、朝鮮、シベリアなど各地の花が次々に咲きます。


自然科学館では比叡山周辺の自然史を標本などで紹介しています。


園内に露出している大岩は、平将門が天下取りを決意したという将門岩。


オールシーズンの人工スキー場(別料金)も併設しています。


比叡山頂バス停下車。

無動寺谷へ・・・

無動寺谷は、十六谷のひとつで東塔の一部。


しかし、南山とも呼ばれる別格の地です。


琵琶湖を見下ろす急斜面に谷の本堂にあたる明王堂が建っています。


厳しい行で知られる回峰行者のべースキャンプですね。


朝のお勤めでは護摩をたきます。


だれでも参加できるので、行者といっしょに参拝したい人たちが訪れます。


わたしのおすすめする丹後 旅館に泊まる人々も、ここを訪れる人が多いようです。


隣に弁天堂があります。


こちらは薄暗い谷間ですが、弁天さんらしくやすらぎムードの参拝者が多いですね。


坂を下ると、すぐ大乗院へ出ます。


修行僧だったころの親鸞の身代わりを務めたという「そば喰いの木像」を安置しています。


坂本ケーブル延暦寺駅から徒歩15分です。


奥比叡を歩いて

横川は、最北部の奥比叡。


かつては比叡山のなかでも秘境でした。


親鸞、日蓮、道元らが修行した地で、いまも宗教的雰囲気が濃いところです。


杉木立に映える横川中堂は現代建築の再建ですが、朱塗りの舞台造り。


四季講堂(元三大師堂)は午前2時に起床して読経三昧という荒行の拠点で、響く読経から「谷の鈴虫」とも呼ばれます。


その一方で元三(慈恵)ゆかりの横川のお大師さんとして一般にも親しまれています。


元三が広めた観音箋が、おみくじのルーツになったといいます。


中心部からは少し離れますが、南に『往生要集』で知られる恵心僧都(源信)ゆかりの小さな宝形造りの恵心堂、北に日蓮の定光院などがあります。


この辺りは丹後 旅館からは少し遠いですが、足を伸ばしてみる価値はあります。


横川バス停から徒歩約10分。


西塔から峰道(東海自然歩道)約4km。

「弁慶のにない堂」

東塔から西塔への巡拝道をたどると、浄土院あたりから老杉におおわれた谷道へ入り、バス停からの道と合流して椿堂へ出ます。


堂の名は聖徳太子が杖にしていた椿が根づいたという伝説にちなんでいます。


次に宝形造りの常行堂と法華堂が一卵性双生児のような姿を見せます。


2つの建物が渡り廊下で結ばれているのは、念仏と法華は一体の表現。


「にない堂」とも「弁慶のにない堂」とも呼ばれています。


弁慶はこのあたりで修行したとか・・・。


すぐ奥が西塔の中堂にあたる釈迦堂で、谷間にあるので雄大な屋根の流れを見下ろせます。


これは信長の焼き打ち後、三井寺の金堂だった鎌倉時代の入母屋造りを移築したもので、比叡山では現存最古の建物。


ドライブウェイを渡って黒谷青龍寺へ向かうと、途中に瑠璃堂があります。


ほんの小堂ですが、信長の焼き打ちを逃れた唯一の建物で室町末期の唐様建築。


黒谷青龍寺は若き日の法然が修行した地で、樹林の底に建っています。


せっかくこの辺りを訪れるなら、丹後 旅館にも寄ってみてはいかがでしょうか?


西塔バス停下車。

清浄な気配を感じに

東塔。


根本中堂や国宝殿がある東塔は延暦寺の中心部だけに、ほかにも由緒ある建物が多いです。


根本中堂前の石段を上がると文殊楼があります。


一山の総門にあたる和唐混合様式の楼門で、楼上に文殊菩薩を祀っています。


国宝殿のそばにある大講掌は学問修行道場で、法然、親鸞ら比叡山で修行した他宗の開祖の木像を安置しています。


その前庭の鐘は「開運の鐘」の2代目で参拝者に人気。


坂を上ると重層宝形造りの戒壇院、阿弥陀堂、昭和55年に再建された多宝塔様式の法華総持院東塔などがあります。


丹後 旅館を訪れる人々にも人気がありますね。


迎賓館の大書院、宿坊の延暦寺会館も東塔にあります。


東塔から西塔へは約2km。


その中間で最澄の廟所の浄土院がひときわ清浄な気配でたたずんでいます。


不滅の法灯

根元中堂の内陣をのぞくと、正面に最澄が刻んだという秘仏薬師如来像が安置されています。


その前で3つの灯籠が輝きます。


これか不滅の法灯です。


「あきらけく後の仏の御世まても光つたへよ法のともしび」


・・・と最澄が点じてから1200年。


3つの光は週去、現在、未来を象徴しています。


これに水をかけられそうになったのが1571(元亀2)年、織田信長の比叡山焼き討ちだったのですが、東北の立石寺に分灯していた火をリレーし、最大のピンチを逃れたといわれています。


丹後 旅館を訪れる観光客にも人気があります。